野茂英雄選手~プロ野球におけるイノベーター【第9回】

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野茂英雄選手~プロ野球におけるイノベーター【第9回】

先日、日経ビジネスという経済雑誌が2013年の「イノベーター大賞」受賞者を発表しましたが、2013年の大賞はLINEの森川亮社長が受賞されました。皆さんの中にも既にLINEを活用しておられる方も沢山おられると思います。

スマートフォンなどで使える無料の通話・メールのアプリですが、「スタンプ」と呼ばれる喜びや悲しみを表現するユニークなキャラクターが世界で支持され、既に利用者が3億人に迫ろうかという大ヒットのサービス商品です。

イノベーター大賞で言うところのイノベーションとは、画期的な新技術に限らず、既存技術を応用した新商品、新市場の創造、組織の変革などをユニークなアプローチで生み出すこと、としており、思わず膝を打つような驚き、家族や友人にも伝えたいと思うような感動を利用者に感じさせられるかどうかが、その価値を決めるとされています。

私はこの定義を目にした時、一人のプロ野球選手のことが頭に浮かびました。1995年にアメリカのメジャーリーグに挑戦された野茂英雄選手です。

野茂選手は1968年生まれ、大阪の高校卒業後、実業団の新日鉄堺を経て1990年に近鉄バッファローズに入団されています。

1年目に18勝8敗という好成績で新人王、MVP、沢村賞を獲得し、日本に在籍した5年間で通算78勝をあげる等、まさに日本球界を代表するエースでした。そして1994年秋、野茂選手はアメリカへの移籍希望を表明されます。

当時はほとんど前例がないということで、野球評論家とマスコミのかなりは、アメリカで日本の選手が通用するはずがない、何を考えているのか、世話になった日本球界を裏切るのか云々と、それは酷いバッシング、非難の嵐であったことを覚えています。

しかも日本での最後の年となった1994年の野茂選手の推定年俸は1億4000万円と言われていましたが、アメリカでの初年度となる1995年のドジャーズとの契約は10万ドル(当時の為替レートで1000万円弱)です。お金のことだけを考えるのなら、一見無謀にも思えるチャレンジだったのかもしれません。

私がかつて勤めた株式会社CSK(当時)の創業社長だった大川功氏はアメリカへ渡る直前の野茂選手に会われたようです。

スポーツトレーナーをされていたご子息から、野茂選手が困っているようなので相談にのってやって欲しい、と依頼されて会われたようなのですが、食事をしながら「あんたはなんでアメリカへ行きたいんでっか?」(大川さんは大阪生まれ大阪育ちで言葉はずっと関西弁でした)とたずねられたようです。

それに対する野茂選手の回答は「野球の世界ではアメリカの大リーグが最も高いレベルの野球をやっています。私はそこの強打者相手に思い切って投げてみたい。アメリカへ行きたい理由はただそれだけです」というものだったようです。

月に一度の幹部会と呼ばれる会議の中で、この話を幹部社員相手にされた大川社長は「野茂ちゅうのはえらいやっちゃ。ホンマもんのアントレプレナーやで」と言っておられました。

野茂選手は若い頃から大リーグへの関心が強く、自分のどのボールが通用するか、綿密な準備を何年もかけて進めておられたようです。しかし通用するかしないかはやってみなければわかりません。やってみなければわからないのなら、やってみるしかないだろう、アメリカへ渡る時の野茂選手の心境はきっとこんな感じだったのだと思われます。

もし仮に野茂選手のチャレンジが失敗に終わっていたとしても、野茂選手には何の悔いも残らなかったと思われます。しかし現在に至る数多くの日本人メジャーリーガーの誕生という姿はなかったのかもしれません。

野茂選手のその後の活躍は皆さんがご存知のとおりです。日米通算201勝155敗の成績をもって2008年静かに引退されました。

自分で考え自分で行動し、結果に対する責任をすべて自分で背負える野茂選手のようなタイプは、場合によっては組織では使いにくいと思われる一面も持ち合わせているかもしれません。

しかし組織が変革し成長する為には、パイオニアとしてのイノベーターが必要とされる局面が必ずやってきます。こうしたイノベーターに思いっきり持てる力を発揮させるには、組織の懐の深さと使うべきマネージャーの度量の大きさが試されます。

イノベーションを起こす可能性を持った人が我々のまわりに現れたら、大きく羽ばたかせてやりたいものですネ。

(おわり)
2014/01/10

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筆者プロフィール

fukuyama福山義人氏 元 (株)CSKホールディングス社長
株式会社マネジメント・サポート 代表取締役 福山義人氏1949年生まれ。慶應義塾大学卒業後、現(株)SCSKに入社。創業オーナー大川功氏に師事し、新規顧客開拓担当、営業マネジャー、管理部門マネジャーを経て、2005年代表取締役社長に就任。退任後、(株)マネジメント・サポート設立。現在は、創業オーナーに仕えた経験と自らの社長経験をもとに、若手経営者へのサポート及び講演活動等に従事。

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