川相昌弘選手~一芸に秀でた職人の技(1)【第3回】

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川相昌弘選手~一芸に秀でた職人の技(1)【第3回】

私は職人という言葉が大好きです。
一芸に秀でた技を身につけていかれる過程に思いを馳せると無条件に敬いの念を抱きます。こうした一芸に秀でた人間の技をうまく活用できる組織は強い組織になっていくでしょうし、活用されてこそ職人の一芸は名人の技へ昇華していくのだと思います。

プロ野球の世界で職人の技と言うと、私の頭に二人の選手が思い浮かびました。元読売ジャイアンツのバントの名人・川相昌弘(カワイ マサヒロ)選手と元中日ドラゴンズの強肩外野手・英智(ヒデノリ)選手です。今回は「一芸に秀でた職人の技」のその1として、川相選手を取り上げてみたいと思います。

川相選手は1983年に岡山南高校からドラフト4位で読売ジャイアンツに入団していますが、何と言っても川相選手が後世に名を残すのは、犠牲バント(犠打)533という日本記録によってです。まさにバントの職人、バントの名人です。入団当初から守備のうまさでは定評があったようですが、打ち勝つ野球を掲げた当時のジャイアンツではあまり出番はなく、試合後半の守備固めが主な働き場であったようです。

転機は1983年の藤田元司監督の就任でやってきます。取れる時に着実に1点を取り、投手を中心にきっちり守り勝つという藤田監督の構想に、守備がうまくバントが確実に出来る川相選手はまさにうってつけの選手として、ショート二番のレギュラー選手としての座を獲得していきます。

TVでしかプロ野球をご覧にならない方は、あまりお気づきにならないかもしれませんが、ランナー一塁で次打者がバントをしようというシーンでは、守る三塁手は投手が投げると同時に猛然とバッターに向かってダッシュしてきます。

一塁ランナーを二塁でアウトにする為の守備体系なのですが、プレッシャーをかけられるバッターはなかなか簡単にバントを決めることが出来ません。しかし川相選手はいとも簡単にバントを決めてしまいます。

セリーグの相手の球団の投手が、後にこんなことを言っておられます。

川相選手はどんな球でもバントが出来るだけでなく、バスター(バントの構えから打つ瞬間にヒッティングに切り替える)もうまかった。2ストライクになって、バントをされるのか、バスターに切り替えられるのかという状況になるのが恐く、わざと最初からバントをしやすい球を投げるようにさえなってしまった。

また別の投手は、川相選手は際どい球をカットしてファウルで逃げたり、バスターを決めるうまさも持っていた。カウントが進み、四球になってランナー一塁・二塁にしたり、バスターを決められて一塁・三塁というピンチになるくらいなら、投手心理としては、最初からバントをされても着実にワンアウトを取った方がまし、という精神状態にまで追い込まれることがあった、とまで述べておられます。

野球の世界でのバントという一芸が名人の技にまで昇華した様が伺われます。

チームの大きな方針・構想の中で、職人の技として磨きに磨いた一芸がチームの勝利に貢献していく。大向こうをうならせるような派手な技ではないかもしれませんが、使う側にとっても使われる側にとっても幸せを感じることの出来る瞬間でしょうし、そこに強い組織が形作られる要因のひとつを学び取ることが出来るのではないでしょうか?

(おわり)
2013/10/15

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筆者プロフィール

fukuyama福山義人氏 元 (株)CSKホールディングス社長
株式会社マネジメント・サポート 代表取締役 福山義人氏1949年生まれ。慶應義塾大学卒業後、現(株)SCSKに入社。創業オーナー大川功氏に師事し、新規顧客開拓担当、営業マネジャー、管理部門マネジャーを経て、2005年代表取締役社長に就任。退任後、(株)マネジメント・サポート設立。現在は、創業オーナーに仕えた経験と自らの社長経験をもとに、若手経営者へのサポート及び講演活動等に従事。

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