【IT活用法】クラウド型の決裁ワークフローシステムの導入で社内稟議を効率化した硝子製品小売M社の事例

経営

グローバル化やIT化によって急速に世界の距離が短くなり、今まで日本を支えてきた産業や企業も、一歩間違えればまたたく間に衰退を余儀なくされる時代となりました。しかし一方で、ITを利用することによって新たな活路を見い出した企業もあります。このシリーズでは、ITの活用に成功した業績好調な企業をご紹介いたします。


「それでは、この案件は早急に稟議をあげてください」――。経費申請、休暇申請にはじまり、購入稟議、発注稟議、受注稟議など、組織で仕事を進めるにあたって、社内稟議の種類は枚挙にいとまがない。稟議書を作成し、上長の捺印を順繰りもらっていった経験は、皆さんも1度はあるだろう。

組織がある程度発展してくると、縦方向に階層化、横方向に部門化が進む。その結果、拡大した組織を合理的に運営するために、役職が上に行くほど責任と権限が重くなるといったように、役職別に職務を分掌する必要が生じる。それが組織としての意思決定の整合性を担保する。このため我が国の組織の多くは、末端の者が起案した稟議書を関係者が順次回議し、印判を求め、さらに上位者に回送して、最後に決裁者に至る稟議制で意思決定を行っている。

「書面でやっていた頃は、決裁が下りるまでだいたい1週間くらいかかっていました」。こう話すのは、硝子製品の輸入販売を営むM社の管理部長である。創業50年を超える同社はかつて、年間数万件にも及ぶ社内稟議をすべて書面で処理していた。上長の仕事は判子を押すことなのかと錯覚するほど、膨大な数の稟議が社内を飛び交っていた。そもそもは会議の開催を省略するために書面決議として稟議制を採用していたのだが、承認者である上長が外出や出張で不在がちで、意思決定のスピードに支障が出ていることは明らかだった。しかし、稟議制は長年、社内の「当たり前」として浸透していただけに、誰も問題意識を持っていなかった。

「なんとかして全社の生産性を向上させなければ…」。そう考えた管理部長は、社内意思決定の迅速化に向けて書面による稟議制にメスを入れることにした。

まず着手したのが、職務分掌規程の見直しだった。必要以上に階層が多くないかや、承認者は起案内容に対して適切かを精査した。規程の見直し自体、長年行ってこなかったため、これだけでも即座に効果が出ると感じていた。しかし、管理部長は千載一遇のチャンスと見て改革の手を緩めなかった。

次に着手したのが、スマートフォンでも対応できるクラウド型の決裁ワークフローシステムの導入である。前段階で職務分掌規程を徹底的に見直したため、アナログからデジタルへの移管はあっという間に完了し、すぐに運用テストを開始できた。

効果は予想以上だった。それまで1週間程度かかっていた決裁が、今や当日~1日で済むようになった。外出先からスマートフォンでの決裁することも可能となり、起案から決裁までのスピードが段違いに向上した。

実現できたのは、当初の目的である意思決定の迅速化だけではない。社内から稟議書が消えたことで、作成保管コストが削減できた。さらに、ワークフローに従ったルートを経なければ業務が進行しないため、例外ルートがなくなり、不正リスクが低減した。そして、各案件の進捗状況が可視化し、滞留しやすい場所の特定など、社内の業務フローで改善すべき点も明らかになった。

「もう昔の方法に戻りたくない」。ベテラン社員の一言が、管理部長に対する最大の賛辞であった。

本件は、従来型のコミュニケーションの方法を見直した事例である。ITが発達した昨今、コミュニケーションの方法はますます多様化している。対面や電話、書面回議、メールだけではない。チャットやワークフローも、シーンによっては効果的なコミュニケーションツールなのだ。

最後に、M社の成功の秘訣は、2点に集約できると考える。1点目は、社内の常識を非常識として捉えたこと。社歴が長くなるほど、「当たり前」として身の周りの常識を疑うセンサーが鈍る。不便さを感じたら、改善のチャンスがあるのではないかと疑ってみることがときには肝要である。2点目は、アナログの段階で課題を整理したこと。ITは所詮ツールであり、導入するだけで改善に向かうとは限らない。導入前の課題整理と対応が、その後のスピードや成否に大いに影響する。

社内の常識は、社外の人の目には、非常識に映るかもしれない。1度既存の枠組みを取り払って、客観的に身の周りを考察することで、新しい景色が見えてくるのではないだろうか。

ITを活用した業務改善について関心のある方はこちらからご相談ください。

筆者紹介

アタックス税理士法人 公認会計士・税理士 酒井悟史

アタックス税理士法人  公認会計士・税理士 酒井 悟史
慶應義塾大学経済学部卒。公認会計士試験合格後、有限責任監査法人トーマツ・トータルサービス事業部を経て、 2014年アタックス税理士法人に参画。トーマツでは、監査業務の他、株式公開支援業務、業務プロセス効率化支援、 連結財務諸表作成支援等に従事。現在は、主に上場中堅企業の法人税務業務の他、相続対策や資本政策等に従事している。

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