中小企業経営を「ハック」する ~最先端から考える中小企業のIT戦略(3)【全3回】

経営

ITの話となると概念や横文字ばかりで難解ですが、今回はその中でも、特に経営者の皆様方におさえて頂きたい内容に絞り、ポイントを整理しました。

構成は以下の通りです。
お忙しい方は、各章末のまとめだけお読みください。

<目次>

【第1回】時代の潮流
・人口動態の変化と人手不足
・求められる生産性向上
・大企業と中小企業の生産性格差
・大企業の平均以上の生産性を誇る中小企業の特徴
・まとめ

【第2回】ポストモダンERP
・ERPとは?
・ポストモダンERPとは? ~つながる・ひろがる~
・ポストモダンERPの便益
・まとめ

【第3回】デジタルトランスフォーメーション(DX)
DXとは? ~デジタル化とデジタル変革の違い~
中小企業のDX ~失敗リスクを最小化するための要諦~
まとめ

今回は最終回の第3回です。
内容はこれまでで最も重いですが、最後までお付き合い頂けると幸甚です。

全3回はストーリーになっていますので、通しでお読み頂けると一層ご理解が深まると思います。

【第3回】デジタルトランスフォーメーション(DX)

はじめに

第1回では、時代の潮流について統計データを交えながら解説し、会社を強化するためには、「ITを活用」した仕組みの強化が必要だと整理しました

第2回は、「ITを活用」した仕組みの強化を実行するにあたり、「何を」すべきか、whatの部分を解説しました。
ポストモダンERPと呼ばれる新たなERP像を踏まえ、最適システムの疎結合により、ERPの恩恵を享受することが効果的かつ効率的であると整理しました。

最終回である第3回では、「ITを活用」した仕組みの強化を「どのように」進めるべきか、howの部分を解説します。
失敗リスクを最小化するIT投資の順序について言及し、実務的な内容まで深堀します。

DXとは? ~デジタル化とデジタル変革の違い~

DXとは、「デジタルトランスフォーメーション」の略称です。
英語圏では「Trans」の省略を「X」と表記することが多いため、「Digital Transformation」は「DX」と略されます。

DX自体は2004年に提唱されたものですが、2018年に経済産業省がDXレポートを世に出してから、最近はあらゆるところでDXが叫ばれています。

DXとは、「デジタル変革」のことを言います。
単なる「デジタル化」ではありません。

正確に理解するためには、デジタル変革の3つのステップを理解する必要があります。いきなりDXが起こるわけではない、という点がポイントです。

【デジタイゼーション】
【デジタライゼーション】
【デジタルトランスフォーメーション】

デジタイゼーションとは、「局所的」な「デジタル化」を言います。
例えば、音楽。MP3等へのデジタルデータ化は、デジタイゼーションです。

デジタイゼーション(局所的なデジタル化)が起こると、プロセス全体に及ぶ「全域的」な「デジタル化」が起こります。

前述の音楽を例にすると、購入やレンタルによりCDを聴いていたところから、ダウンロードして聴けるようになります。
このように、音楽鑑賞プロセスの全域的な変化が、「デジタライゼーション」です。

ここまでご理解頂いたところで、経済産業省のDXレポートにおけるDXの定義を見てみましょう。(*1)

企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること

分かったような、分からないような・・・
正直、私は最初読んだ時に十分理解できませんでした。

以前あるIT業の上場企業の社長から、DXについて直接教えて頂いたことがあるのですが、DXは3つの足し算だと。

①経済現象のデジタル化
     +
②データ収集・蓄積・分析
     +
③新たなビジネス価値の創造

特に③が重要で、概念に③が含まれていることこそがデジタル変革、DXだというのです。

3つの足し算をイメージしながら、再度、経産省の定義を読み直してみてください。
先程と違う景色が広がるはずです。

定義の中の「ビジネスモデルを変革」とか「競争上の優位性を確立」は、まさに③を意味しています。
明確に「デジタル化」とは区別しているのです。

前述の音楽を例にして、改めてDXを考えてみましょう。
音楽のデータ化が「デジタイゼーション」
鑑賞プロセスの変化が「デジタライゼーション」
サブスクリプションによる定額配信などが「デジタルトランスフォーメーション」
ということになります。

ユーザーはいつでもどこでも定額で聴き放題となりました。
まさに「新たなビジネス価値の創造」です。

もう少し実務的な例でも説明します。例えば経理業務。

会計システムのクラウド化は「デジタイゼーション」、
それに伴い、銀行データやレジデータ等をクラウド会計に連携し、記帳プロセスを効率化することが「デジタライゼーション」、
その結果、これまで以上の精度と速度で企業実態が数値化され、可視化されるようになることで、今までできなかった経営判断をできるようになることが「デジタルトランスフォーメーション」
だと言えます。

物事に順序があるように、デジタル変革にも順序がある。
音楽や経理業務の例でお分かり頂けるように、いきなりDXが起こるわけではありません。

まずはデジタイゼーション、「局所的なデジタル化」からです。

いかがでしょうか?
DXについてご理解頂けましたでしょうか。

DX、すなわち「デジタル変革」は、明確に「デジタル化」とは異なるということ。
そして、デジタル変革には3つのステップがあるということ。この2点、是非おさえてください。

(*1)出典 経済産業省「DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~」

中小企業のDX ~失敗リスクを最小化するための要諦~

最初に結論を述べます。
「業務プロセスの終点からデジタイゼーションする」です。

これは一般的な理論ではなく、私のこれまでの業務経験から導き出したものです。

もう少し突っ込んで申し上げますと、自社にDXを起こしたいのならば、まず業務プロセスの終点である会計システムのクラウド化、つまりクラウド会計への切替から始めると良い、ということです。

第2回でも述べましたが、経済行動は最終的には必ず会計処理に帰結します。
できるだけ後工程にデータを転用できるよう、業務フロー全体を俯瞰しながら、構成を設計することがポイントです。

ポストモダンERPの概念を踏まえ、まずは終点である会計のデジタイゼーション(クラウド化)を実現。

続いて、その前工程を次々と最適化させ、デジタイゼーションを実現します。

前工程データの後工程転用が可能(連携が担保されている)なITツールをできる限り選定して下さい。
転用の過程でこぼれ落ちるデータを少なくすることで、終点に蓄積されるデータがよりリッチになります。

これが「業務プロセスの終点からデジタイゼーションする」意図です。

リッチなデータが蓄積できれば、可視化される解像度が向上します。
それにより、今までできなかった精度と速度で経営判断が可能となります。

他方で、上流から手を付けてしまうと、最悪の場合終点まで連携できず、次のステップのデジタライゼーションが道半ばで途絶えます。

途絶えた患部にはExcelという万能薬で凌ぐ(後工程部署にExcel等の手作業でデータ共有することを意味しています)ことになりますが、いつしか薬は毒と化し、属人的で非効率な業務プロセスが残るリスクがあります。

データべースを統合せず、各所で管理するデメリットは第2回に述べていますので、あわせてご確認下さい。

このような事態を最初から回避するためにも、繰り返しになりますが、「業務プロセスの終点からデジタイゼーションする」ことを推奨します。

この章の締めくくりとして、デジタル変革のステップを成功に導く実務テクニックをご紹介します。

それは、IT化以前の話として、「整流化」をきちんとやりきる、ということです。
断言しますが、「整流化」ができていない場合、デジタル変革は必ず行き詰ります。

「整流化」とは、明確な順序で工程が流れるようにすること、を意味します。
業務をきちんと言語化し、整理してみてください。
整流化にあたり、2点ポイントがあります。

【細くて速い流れをつくる】
【一次データ収集時に色付けラベル付け】

まず細くて速い流れを作るためには、途中工程における「判断」の余地を限りなく無くす必要があります。

悪い例として例えば、判断・処理に困った場合、とりあえず「その他」に放り込むパターン。

「その他」に放り込むことは、処理判断を繰り延べて、後工程に負担を寄せているに過ぎません。そうなると、後工程部署はどこかで前工程部署に確認が必要となり、「逆流」が起こります。

「その他」を許容しないわけではなく、整流化実現のためには「できる限り」少なくすべき、という話です。

また、入手したいアウトプットに応じて、一次データ収集時に色付けラベル付けをすべきです。
財務会計と管理会計を別々に行う企業をよく見かけます。

例えば、月次決算を締めてから、役員会や経営会議のために、データをバラす業務をわざわざ行うパターン。

具体的には、売上を合計で記帳しておいて、その後会議体報告のために、店舗別や部門別の売上を販売データからわざわざ別途集計するパターン。

必要アウトプットが店舗別・部門別のデータであれば、例えばレジデータや販売データの一次データ収集時点で、店舗別・部門別に色付けの上、後工程にデータを流しておけば、何らの追加作業なしに必要情報が入手可能です。

データ収集とその後の連携を工夫するだけで、途中工程が自動化する実例です。

まとめ

会社を強化しようとする場合、昨今の潮流からは、「ITを活用」した仕組みの強化が必要です。

ポストモダンERPの概念を踏まえ、最適システムの疎結合によって、少ない投資でERPの恩恵を享受することを狙うべきです。

大企業の平均以上の生産性を誇る中小企業が、「IT投資に積極的」という特徴は注目に値します。
リソースの限定的な中小企業であっても、勝機は十分にあるのです。

第1回でも述べましたが、ITは単なるツールではなく、経営そのものです。
経営者のITに対する感度が、企業の生産性・競争力に直結します。

加えて、最適システムの選定とそれらの疎結合の過程で、デジタル変革のステップを推進してください。
よりリッチなデータの収集・蓄積・分析により、新たなビジネス価値の創造、競争優位性の獲得に繋がる可能性があります。

まさに「デジタルトランスフォーメーション」の実現です。

会社規模の大小を問わず、経営者のモチベーションやリテラシー次第で、変革を実現できる時代です。
こうした環境変化、特に技術革新を追い風に、1社でも多くの企業が変革を成功させ、益々成長されることを心より祈念します。

以上、全3回に渡り、「中小企業経営のIT戦略」についてお伝えして参りました。
最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。

筆者紹介

株式会社アタックス・エッジ・コンサルティング 代表取締役 公認会計士 酒井悟史

株式会社アタックス・エッジ・コンサルティング 代表取締役 公認会計士 酒井 悟史
慶應義塾大学経済学部卒。2014年アタックス税理士法人に参画し、主に上場中堅企業の法人税務業務に従事。2019年株式会社アタックス・エッジ・コンサルティングの代表取締役に就任。現在はクラウド会計や開発システムの導入を通じ、中堅中小企業および会計事務所のイノベーション促進に取り組んでいる。
酒井悟史の詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。

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