会計系コンサルティングファームの現場(1)

会計系コンサルティングファームの現場

課題解決の選択肢をもれなく並べ、社長が決定できるように、ニーズをくみ上げ、伴走する。それがアタックスの考える「社長の最良の相談相手」です。

(以下、資格の学校TAC発行『TACNEWS』2016年8月号より転載)

監査法人での監査業務、会計事務所や税理士法人での税務会計業務、企業勤務における企業会計・経理業務、会計系コンサルティングファームの経営コンサルティング。公認会計士資格の活かし方にはこれらの選択肢がある。

中でも、経営の助言や指導、経営企画策定からシステムコンサルティングと、業容の間口が広く、高度な知識はもちろん、より専門的スキルを要するのが経営コンサルティングだ。そして同時に、実際どのように業務が行われているのか、受験生が最もイメージしにくいのもコンサルティングの世界だろう。

今回は、総勢181名のコンサルティンググループ「アタックスグループ」の代表パートナー・西浦道明氏と林公一氏に、現場の第一線で行われている中堅・中小企業の経営コンサルティングについてご紹介いただいた。

不透明な時代こそ専門知識を

Q.西浦さんと林さんは、なぜ公認会計士(以下、会計士)になろうと思われたのですか。

アタックスグループ 西浦道明

アタックスグループ 代表パートナー
公認会計士・税理士
西浦 道明(にしうら みちあき)

西浦 大学1年の冬に東大安田講堂事件がありまして、1年間大学がロックアウトされました。「俺たちは卒業できるんだろうか」、「学校が終わるかもしれない」という終末期感覚があったんです。

その時ある先輩が「会計士という資格がある。先のわからない時代だ、俺はこの資格で飯を食っていこうと思っている」と言っていたんですね。「そうか、どのみち学校はないんだ。何も専門知識がないのもいけないな」と、妙に納得して自分も会計士をめざそうと思ったのが最初です。

こうして会計士の「か」の字も知らずに勉強し始めたのですが、実は会計士試験は私には合わなかった。特に簿記論はかなり苦手でしたね。それでもお金を出して本を買ってしまった以上、勉強するしかない。そんな思いでやりきりました。

 私は飛行機に乗るのが大好きで、1日中空港で飛行機の離着陸を見ていても飽きないような人間です。子どもの頃になりたかったのはもちろんパイロット。進路を考え始めた頃は宮崎にある航空大学校を受けようと思っていました。しかしながら、受験資格である視力の最低条件をクリアできず、断念せざるを得ませんでした。パイロットが無理なら航空管制官をめざそうとも考えましたが、こちらも同様の理由であきらめざるを得ませんでした。

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アタックスグループ 代表パートナー
公認会計士・税理士
林 公一(はやし こういち)

そんな夢を見失っていた高校時代のある日、母親の経営する美容院に税務調査が入って、多額の物品税を取っていったんです。その時「なんであんなに税金を取っていくんだ」と怒った親父が、私に向かって「庶民の味方になるような商売をやれ」と言ったんです。そこで初めて税理士という道を考えました。

調べたら会計系の資格には会計士という資格もあって、監査の仕事がカッコよさそうだった。それで会計士になろうかなと思ったんです。ちょっと浮ついた動機でしたが、勉強を始めてみると、西浦とは逆で、簿記や原価計算がとにかく得意で、特に簿記は当時TACの公認会計士講座が主催していた、会計士受験生を対象とした簿記の大会でベスト10に入る成績でした。1+1=2になるように、貸借対照表の右と左の合計が必ず一致するのがものすごく性分に合っていて、「会計士に向いてるな」と思いましたね。

 

「税務とコンサルティング」のアタックス始動

Q.アタックスグループの成立ちについて教えていただけますか。

西浦 私と丸山弘昭(アタックスグループ 代表パートナー 公認会計士・税理士)が35年前の1981年に一緒に名古屋で始めた熱田コンピュータサービスがアタックスの母体です。1990年に今井会計合同事務所と合併して現在のアタックスグループになりました。

丸山がそれまで所属していたコンピュータ会社から独立する時に、「2人で何かおもしろいことをやりたいね」と、普通と違ったサービスについて2人で相談していたのです。彼も会計士でしたが、当時私たちがおもしろいと感じていたのは監査ではなく「税務」と「コンサルティング」だったんですね。この2つのうち「コンサルティングは若いうちにやっておいたほうがいい。年を取ったらできなくなってしまうかもしれないから。しかもそれをやるには絶対コンピュータが必要だよね」と考えて、最初はオフコン(事務処理用に特化されたコンピュータ、オフィスコンピュータ)や汎用機を入れて受託計算から始めたのです。会社がオフコンを持つ時代になると、私たちは汎用コンピュータを購入し、計算センター的に帳票類を使って経営指導するようになり、そこからコンサルティングがスタートしました。

Q.最初から経営コンサルティングに主眼を置かれていたのですね。

西浦 そうですね。情報処理をするうち、どんどん上流の経営戦略、経営コンサルティングに入っていったんです。当時、東京では山田淳一郎さん(山田グループ創業者 公認会計士・税理士)が新進気鋭の相続対策や事業承継対策をやっていて、私たちも「それが今の流行りみたいだ。経営コンサルティング以外に、それもおもしろそうだね」と、会計事務所もないのに相続チームを作りました。その後、経営計画作成チーム、コンピュータシステムコンサルティングチームと立ち上げていって、徐々に形にしていきました。

 私は日本の会計士試験に合格しましたが、「海外で働きたい」という何気ない一言で、英語も話せないのに運良くいきなりニューヨークに行けることになりました。そこで監査を5年間やった後、今度はM&Aに携わりたいと考え、帰国してM&Aを5年間やりました。この時に、M&Aのやり方や企業の見方というものがわかって、それが私の会計士人生を決めることになったのです。

英語とM&Aの両方ができる人材というのは、レアではありますが結構います。そこで、もう一歩差別化を図りたいと思った時に、「中堅・中小企業をやってみよう」と閃いた。こうして中堅・中小企業の仕事ができるファームを探している時に出会ったのが西浦の友人で、その紹介でアタックスに入ったというのが経緯です。

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